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私観騎手論 Feed

2005年3月 3日 (木)

私観騎手論4・藤田伸二

藤田伸二

1.純粋に「馬に乗る」という職能を果たす技術:Aクラス
 上手いでしょう。藤田というと「追える」というイメージが強いけど、逃げさせてもかなりなもの。後述の理由で藤田の逃げ馬はとりあえず抑えたほうがいい。これもイメージと違って力任せに「馬に当たる」タイプの騎乗でもない。
 「乗りヘグリ」はほとんど見た記憶はない。

2.「レースに勝つ」という成果を効率的に出す技術:Bクラス
 本当はAクラスとつけたいところですが。
 「勝ちたい」という執念が強い、これは騎手として非常に頼もしい。「俺が逃げるからな」と周囲を威圧してまわるあたりもそれはそれでよし。それで遠慮して控えるような騎手は所詮ダメだしね。
 思い切った騎乗もできるし、案外細心の注意を払って騎乗する細やかさも持ち合わせているし、今数少ない「勝負のできる」ジョッキーであることは間違いない。
 じゃ、なんでBなんかっつーと、いわゆる「決め打ち」ともまた違って、「自分の型」にハメにいく意識が強すぎるように思う。「俺はこうやって勝つんや」みたいな美意識を強くもっていて、「姑息に」勝ちを拾う騎手のを軽蔑している感じがする。中館とか。

3.「プロスポーツ」として買い手に納得のいく商品を提供する技術:Eクラス
 E(D:不可以下の「失格」評価)としてしまいました。
 タバラの悪いとこ真似ちゃいましたね。
「あんたらにはわからないだろうけど」「馬鹿に頭下げると男が下がる」てな姿勢が体中からあふれているように見える。
 「男・藤田」はトレセンなり、調教師・厩務員なりといった同業関係者に対してはなかなかの「男」らしい。一方で、マスコミや嫌いな関係者に対する見下し方も相当なものらしい。そうしないと「男が下がる」と思ってるのかね。
 ブックの騎手コメントなんか見てると、(特に負けたときの)「読者を馬鹿にしてるな」と感じる。

ノリさんが、「無頼派振りたい小市民」なら、藤田は、「無頼派振ってる勘違い男」というところか。

馬券上の付き合い方。
前に行く馬であればとにかく抑えておきたい。特に同型が若手騎手のときは、競り合いにすらならないことが多い。
逆に、人気馬で後ろからの脚質のときは、評価落とすべき。シルクジャスティスも有馬の影にいくつ差し損ねがあったか。

2005年3月 2日 (水)

私観騎手論3・柴田善臣

柴田善臣

1.純粋に「馬に乗る」という職能を果たす技術:Aクラス
 上手いよ。「乗馬」は今のジョッキーでトップなんじゃないの?美浦の調教師に信頼されているのも納得、追い切りでもレースでも指示通りに乗って、馬の状態を的確に判断する、このあたりの技術は文句なしなんでしょう。

2.「レースに勝つ」という成果を効率的に出す技術:評価なし
 これが問題だろう。
 『そもそも彼は「レースに勝つ」ことを最大目的にしてレースに乗っているのだろうか?』
 技術がある、ないの問題以前に、そういう技術に興味がないのではないかとすら思われる。彼の中では「レースに勝つこと」よりも「馬の個性を大事にして乗る」ことのほうに重点がおかれているように思える。
 本来的に技術を持っていないわけではない、おそらくはかなりの水準の技量を有しているはず。ただし、彼にとっての優先度の高い別の目的に叶った場合にのみ発揮される技術であり、そうでない局面では発揮されないし、技術が磨かれることもない。
 「展開が向かない」ときに状況を打開し勝利をたぐりよせる技術は皆無と言い切ってよい。そうしようという意識がないし、それゆえその技術を磨く機会を積み重ねてこなかったからだ。

3.「プロスポーツ」として買い手に納得のいく商品を提供する技術:Cクラス・Eクラス
 スポーツ選手としての(マスコミを通しての)ファンへの商品提供は可もなく不可もなし。特にファンサービスが上手なわけでもなく、本も出しているが屁みたいなものだ。まあ、地味ではあるが最低限のコメントはしているので、かろうじて及第点。
 賭博の対象としては「失格」に限りなく近い。「ヤオ」とか「やる気ない」よりはまし、というところ。2のところで評した姿勢の問題でございます。

で、結論。
「勝ちへの執着」や「勝つための代償・賭け」を要求される上位格付けのレースでは買えません。基本的に消し。騎乗馬に展開が向きそうな場合(特に前走流れむかずなすがままに負けて人気落としているとき)に、アタマにこだわらず拾う程度。

馬に乗るスポーツマンとしては一流なんだろうけど、本質的に勝負事に向いていないと思う。これが他のスポーツなら職人的な選手はそういう選手として個性も認められるし、ファンもつく。でもね、ギャンブルスポーツで勝負事に向かないってのは、ダメでしょう。
なんてボロクソ言いましたが、自分がいやなのは、
「そういう騎手がリーディングにいること」なのよ。これで10位前後なら、そういう騎手として諦めて見るけど、どのレースでも1番人気になるような馬に乗ってこられると閉口するんですが。

以前から調教師嗜好が強いらしい。実際そのほうがいいと思うよ。さんざんボロクソ書いたような欠点も、調教師としてみれば欠点にならない・欠点として表れないことが多いし。
はよ引退して調教師になってくれ。
ちなみに、調教師になったら上手なレース選択・馬に合ったローテーションでいい成績を上げるのではなかろうか。ただし、休み明けと大レースで仕上げは減点(馬に無理させないから)だろうが。

 

2005年2月25日 (金)

私観騎手論2・横山典

横山典弘

1.純粋に「馬に乗る」という職能を果たす技術:Bクラス
 主観だけどね、あまり上手くはないと思うよ。少なくとも、リーディング上位のほかのジョッキーと比べると甘さ・ポカが目立つもの。
 「スタート」や「追い」という点に限れば十分Aクラス以上だけど、道中でバタバタしてることがこのクラスの騎手にしては多すぎ。「折り合い」つけるのがヘタというのではないのだろうが、要はノリ自信が「落ち着いてレースの流れに乗れているか?」がまんま馬に出ているように思う。多分とっさの危機回避もヘタだろう。
 「小島太路線の無頼派」を本人は気取りたいようだが、実際は傍目以上に気が小さくて気を使う人なんじゃないの?金遣いや飲みっぷりはともかく、いい意味で「小市民」に思えて仕方がないんだけど。

2.「レースに勝つ」という成果を効率的に出す技術:Aクラス
 小市民のわりにボラティリティは大きそうだ。ただ、これは人気薄に限ってで、逆に断然人気などでは堅実。
 本質的に「不器用」なんだと思う。小手先の技術じゃなく、ハートが。よく大レースの地下馬道で口笛吹いている姿がテレビに映ってるけど、意外とこの人「小心者」なんだなあと。
 「逃げ」か、「追い込み」か胆をくくって「それだけ考えればいい」騎乗させれば爆発力で突き抜けるが、「臨機応変」は苦手だと思う。基本的には「決め打ち」の人。

3.「プロスポーツ」として買い手に納得のいく商品を提供する技術:Aクラス
 ボラティリティの大きいタイプはそれだけでそれなりに商品価値がある。「ハマれば一発」タイプのほうが、「毎回善戦どまり」タイプよりは馬券上はずれても「納得」なのと同じ。
 「G�レースで勝負がついてからの2着突っ込み」という芸はもはや競馬国宝の域に達しているし。
 インタビュー・ファンサービスなどでも「無頼派ぶりたい小心者」っぷりが、「大物ぶりたいチンピラ」を思わせ、笑わせてくれる。カッコつけてるわりにタバラ・フジタあたりと違いバカなインタビュアーの質問にも真面目に答えてしまうあたりが好ましい。

で、結論としての馬券上の付き合い方。

買っていいパターン。
1.馬の力が抜けていて、自信満々で乗れるとき。
2.人気薄でも、「この馬はとにかくこう乗るだけ」と肝くくれるとき。ただし、このパターンのときは「レースを制する」ことより「こう乗る」に意識が行っているのでお得意の2着が多い。
消しのパターン。
1.もまれ弱い馬、出入の激しいレースに弱い馬(ヤネが弱いから)
2.しまいの甘い馬(追える、騎手だけど、技術でもたせるタイプじゃない。いつも脚あますくらいの馬のほうが合う)

ミッドタウンやローエングリンに乗ってると悩ましかった。

個人的には、買ってコケられても、納得できることの多い騎手かな。

2005年2月24日 (木)

私観騎手論1・武豊

やっぱり最初は武豊にせざるをえんでしょう。
ちなみに評価はS・A・B・C・Dね。

1.純粋に「馬に乗る」という職能を果たす技術:Aクラス
 そりゃ上手いでしょ。特にサンデー系の気性のややこしい馬の扱いは世界一。サンデーがあそこまでの実績を残したのも武あってのもの、「武とサンデー」は日本競馬史上究極の「出会いのもの」だったと思う。
 あえてAにとどめたのは、「腕っ節」を要求されるタイプの馬には、合わないとはいわないまでもアンカツなんかには劣る。03年京成杯のブルーイレブンのように「持っていかれてどうしようもなくなる」こともたまにはあるしね。
 一流であることには間違いない、ただ、ここまで武豊が「特別」になりえたのは、この技術ゆえじゃない。

2.「レースに勝つ」という成果を効率的に出す技術:Sクラス
 これは今日本一で、他の追随を許さないところ。
 サッカーでいえば「司令塔」タイプの戦略眼だよね。かつての加賀武見あたりの「勝負強さ」とはタイプの違う、もっとブレのない勝負強さ、というか、爆発力のある勝負強さではなく、「常に」「確実に」「半歩だけ」他人に先んじる戦略を組み立てている手堅さがある。
 とんでもない馬を持ってくる、というより、ちょっと足りない馬でもきっちり勝ち負けさせる感じ。
 よく言われる「力不足の人気馬で、シマイ勝負→届かず矯め殺し」についても、それで勝つこと多いからね。同じことを他の騎手がやっても、武ほど成功はさせられんだろう。トゥザヴィクトリーのエ女王杯なんか、抑えた時点でやられた(2・3着の1点勝負してた)と思ったしね。
 ただ、ちょっと最近工夫なさすぎ。第一人者なんだから、そこにとどまらんで次をめざしてほしいね。

3.「プロスポーツ」として買い手に納得のいく商品を提供する技術:超Sクラス
 でしょう。この分野こそ今の日本で「随一」かつ「唯一」じゃない?
 政治力(この人の悪口が業界内で聞いたことがない・言わせない)もすごいけど、ファン・マスコミをこの人ほどうまく扱ってる人は他のスポーツでも例を思いつかない。
 野球でこの3に秀でてるなと思うのは、イチローと新庄だけど、まったく別ベクトルのこの二人の両方の技術をより洗練した形で実行していると思う。
 ただし、あえて文句つけるとしたら、ファン・マスコミが「ギャンブル」と切り離して競馬を見るケースが増えたこと・寛容になったことに甘えてること。
 ロマン派のファンを大事にするのはいい、けどね、誰もが認めるミスター競馬が、そこに甘えて「ギャンブル親父」を無視していいと重い始めたら、「売上」でしっぺ返しくらうよ、と。

で、結論としての馬券上の付き合い方。

基本的には、「買わない」。
買わない時点で3割方ハズレを受け入れることになるのだが、それを粛々と受け入れたほうが明らかに期待値的に正解。売れすぎなんじゃ。
あとは、「武には合わない」馬、得意の「足りない馬でのシマイ勝負・届かず」を常に狙っていたほうが正解。

2005年2月23日 (水)

私観騎手論・基準

というわけで、騎手について勝手な主観で好き嫌いを書いていこうと思うのだが、くっちゃべる前提を先に宣言しておく。
所詮、「ファンの目」であることはまずお断りしておく。

個人的には、「騎手」という職業の場合、次の要件が求められると考えている。
1.純粋に「馬に乗る」という職能を果たす技術
 どんな職業でも当たり前に要求されることで、騎手という職業固有に求められることではないわな。具体的には、「馬に乗る技術」・「馬を追う技術」・「馬と折り合う技術」というあたりになるのか。素人が突っ込んで評論できることではないけど、「素人が見ても下手なものは下手」という主張でここは押し通すことにする。
2.「レースに勝つ」という成果を効率的に出す技術
 「馬術競技じゃないんだから」。上手に馬を走らせればいい、という競技じゃないので、一緒に同じ時間・場所で争う相手を見据えて相対的な「勝利」を得るための技術。
 「勝負の世界」特有の要件ではある。サラリーマンだって競争や競合と無縁ではないけれども、まあやっぱり質が違うもんね。騎手(や、スポーツ全般)に特有の要件。
3.「プロスポーツ」として買い手に納得のいく商品を提供する技術
 金を払って見に来る客、メディア(雑誌・TVなど)を通しての二次的な客、不特定多数の客に対して高価値の商品を提供する技術。つまりは、「勝つ」とか「魅せる」とか、「個性を売る」とか、そういうことだけれど、「スポーツ」そのものだけでなく、「馬券」というものもあわせて売っている点で競馬はちょっと複雑。

以上3つの観点で論じてみたい。ちなみに、サラリーマンあたりだと、
「他人と協調しひとつの目的を効率的に達成する技術」
「他人を指導し育てる技術」
などが要件になるだろうけど、騎手という職業では必ずしも必要でない(なくとも、「一流騎手」と呼ばれる上でかかわりがない)、と判断する。
また、「社会人としての要件」あたりは、これは論ずるまでもなく普通に要求されてしかるべきもの、としておく。
はっきりいえば、「タバラ」ですがね。自分があげた三つの要件とか、もっと人間的な魅力とか、どれだけ備えていても全部関係なく淘汰されるべき場合はあるのよ。

2005年2月22日 (火)

私観騎手論・前フリ

騎手について、自分の馬券上の取り扱いを整理してまとめることにした。そのつもりでいつものようにお気に入りのページウロウロしてたら、かいしょなちさんが騎手名鑑始めるとの告知が。
ちょうどいいから参考にさせてもらいながら、まとめよっと。